日本初のプロカメラマン、上野彦馬が長崎に開業した 上野撮影局(UYENO PHOTOGRAPHIC STUDIO)に 焦点を当てたTシャツです。
幕末当時、長崎は外国に開かれた国際都市で 志士たちの活動がさかんでした。
志のために奔走する志士たちにとって 日々が戦いで明日をも知れぬ命、 その生き様を残そうと上野撮影局では たくさんの志士の写真が撮られました。
坂本龍馬が高机にもたれかかっている 有名な写真もこの上野撮影局で撮られたもの。
現存する写真から志士たちの熱い息吹が ひしひしと伝わってきます。


このTシャツを着れば、あなたも上野撮影局のスタッフに仲間入り!?



また、撮影局で使われていた写真機もプリントしました。

≪ 仕 様 ≫
●ボディカラー:フォレストグリーン/ダークグレー
●ボディ:綿100%・ギルダン/6.1ozウルトラコットン
●プリント方法:シルクスクリーン
●プリントインク:水性ラバーインク
実寸につきましては下記の表をご覧下さい。

サイズ
S / 着丈70cm、身幅46cm
M / 着丈73cm、身幅51cm
L / 着丈76cm、身幅56cm
※このギルダンTシャツのサイズは、日本人向けサイズより一段階大きいです。
普段着られているTシャツのサイズと比較してみてください。
【上野 彦馬(うえの ひこま】
天保9年8月27日(1838年10月15日) - 1904年(明治37年)5月22日)は幕末期から明治時代にかけて活動した日本の写真家(写真師)。日本における最初期の写真家として知られる。
号は季渓。家紋は桔梗の二引。
天保9年(1838年)、長崎の蘭学者・上野俊之丞の次男として生まれる。
広瀬淡窓の塾、咸宜園で学び、その後の安政5年(1858年)にはオランダ軍医ポンペ・ファン・メールデルフォールトを教師とする医学伝習所に新設された塾、舎密試験所に入り舎密学(化学)を学んだ。
このとき、蘭書から湿板写真術を知り大いに関心を持つ。
同僚の堀江鍬次郎らと共に蘭書を頼りにその技術を習得し感光剤に用いられる化学薬品の自製に成功するなど、化学の視点から写真術の研究を深める。
その後、堀江と江戸に出て数々の写真を撮影し耳目を開いた。
文久2年(1862年)、故郷の長崎に戻り中島河畔で「上野撮影局」を開業した。
ちなみにこれは日本における最初期の写真館であり(ほぼ同時期に下岡蓮杖らも開業)、彦馬は日本における最初期の職業写真師である。
「上野撮影局」では坂本龍馬、高杉晋作ら幕末に活躍した若き志士や明治時代の高官、名士の肖像写真を数多く撮影した。
明治維新後の1874年(明治7年)には金星の太陽面通過の観測写真を撮影(日本初の天体写真)、1877年(明治10年)には西南戦争の戦跡を撮影(日本初の戦跡写真)、同年に開催された第1回内国勧業博覧会では鳳紋褒賞を受賞するなどその写真は歴史的・文化的にも大いに評価されたのである。
一方で海外に支店を持つ(ウラジオストク、上海、香港)など写真業繁栄の傍ら後進の指導にもあたり、内田九一や富重利平ら多くの門人を輩出した。
1904年(明治37年)、長崎で死去。享年67。
(フリー百科事典ウィキぺディアより引用)





































